始まりの日

記念日と聞いて、正直喜ばしい気持ちとちょっと面倒くさい気持ちの半々の気持ちが交錯する大人が多いのではないかと思う。
子供の頃は違った。
カレンダーを見ると黒色や青色の字で書かれた数字の中に日曜日以外に赤色の字で書かれた数字があり、それは祝日を表し、つまり学校に行かなくてもいいことを意味する。

早起きしなくていいし、普段見られないテレビ番組も見られるし、それはよかった。
学校の創立記念日は、他の学校の子は学校に行っているのに、自分は行かなくてもいいという特別感があり、なおさらよかった。
じゃあなぜ大人になると面倒くさい気持ちになるかというと、自分たちで記念日を作ってしまい、人によるとそれは膨大な数らしく、まず記念日を覚える、忘れてはならない、なにかイベントっぽいことをしなくてはならない「責任」が伴うからだろう。
たいていこれは恋人同士で起こることだが、その場のノリで記念日を作るまではいいが、それを定期的に思い出しお祝いをする。
例えば、付き合った記念日、初めて○○した記念日などなど、ただでさえクリスマスや誕生日、夫婦なら結婚記念日があるのに、さらに記念日を自分たちで追加してしまう。
それで学校や会社が休みになればいいけれどもちろんそんなことはない。
記念日には、プレゼントを贈ったり外食したり、自分で手料理を振舞ったり、特別な手紙やメールを送ったりする。
たしかにそんなのが定期的に何年も続くと喜ばしいより面倒くさいが先に出てきてしまうだろう。
しかし、素敵なのは、独自に作った記念日は当たり前だけれど、二人だけしか知らないし、二人だけで祝うものだ。
そこには、二人しか知らない紆余曲折の物語があって、たくさんの人がいる中で、二人が出会い、好きになって、好きになってもらって、こうして二人でいるということだ。
男女が愛し合うのは、恋人から家族への始まりであり、それは人類の始まりでもあるのだから、やはり祝うべき貴重な日なのだろう。

厄年

記念日というとおめでたいイメージがあると思います。
結婚記念日、付き合った記念日などがありますし、誕生日も記念日でしょうか。
今年33歳になる私は、女の厄年にあたります。

人はそれぞれの節目に厄年があるようですが、女の33才の厄年は、一生のうちで比較的重いようです。
本厄を終えた友達に聞いたところ、それはいろいろあったと口をそろえて言います。
例えば、交通事故にあった、会社を退職せざるをえないような大病を患うなどです。
また、自分にだけに災いが起こるわけではなく、周りの家族や友だちに起こるとも言われているようです。
正月付近には、厄除けに行ったりするようなので、私も神社へ厄除けにいきました。
今までも他の神社で厄除けなどの祈祷を行ったことがあるんですが、そこの神社はなかなか高額なお払い料を納めなければならなかったので迷ったんですが、本厄だしということもあり、お願いしました。
しかし、終わったら、ああ、よかったと言う思いしかありませんでした。
他の神社ではなかった、巫女の神楽、神主による舞い、参拝客に鈴のお払いなどあり、本当に厄が取れて心も軽くなったような気分です。
手土産などもあり、絵馬、破魔矢、お守り、お神水などなどたくさんのお土産がありました。
厄年、厄年と怖がって嫌がっていましたが、厄年だからこそ見れるものや気持ちもあるのだと感じました。
記念日ではないけれど、記念の年になるようにと思います。

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